伝説のスピードスケーター:クラウディア・ぺヒシュタイン46歳
8度目の出場となった平昌オリンピック、45歳の葛西選手はレジェンドとなって大々的に報道されました。さらに先ほどの帰国時記者会見では4年後の北京五輪でメダルを目指す、と力強く宣言されました。日本スキー界のレジェンドはまだまだ現役続行されるようで、とても楽しみです。
さて、平昌オリンピックの最中に46歳の誕生日を迎えた女子スピードスケート選手がおりました。ドイツ出身のクラウディア・ぺヒシュタイン(Claudia Pechstein)選手です。葛西選手と同じ1972年生まれ。岡崎朋美選手と同世代の選手ですね。ドイツが統合する前の東ドイツ出身です。スピードスケートの長距離選手であるとともに連邦警察官でもあります。
オリンピックの成績
・20歳:1992 アルベールビル
5000m 銅
・22歳:1994 リレハンメル
5000m 金、3000m 銅
・26歳:1998 長野
5000m 金、3000m 銀
・30歳:2002 ソルトレイクシティ
5000m 金、3000m 金
・34歳:2006 トリノ
団体パシュート 金、5000m 銀
・38歳:2010 バンクーバー
出場停止
・42歳:2014 ソチ
5000m 5位、3000m 4位
・46歳:2018 平昌
5000m 8位 3000m 9位
7度のオリンピック出場。5000mで三連覇。現時点の羽生選手よりもすごい実績です。通算5つの金、2つの銀、2つの銅メダル。まさに長距離スピードスケート界のスター選手ですね。
2010年バンクーバーオリンピックに出られなかった原因は、その1年前の2月、ドーピング疑惑によって2年間の出場停止を受けたからです。ぺヒシュタイン選手は無実を訴えて告訴をしますが認められず。多くの専門家とドイツオリンピックスポーツ同盟(DOSB)は彼女の訴えを支持するも、国際オリンピック委員会は出場停止を続行。2011年にぺヒシュタイン選手は、プライベートで自ら血液調査をし、ドーピングで引っかかったときとほぼ同じ数値が出たことから遺伝だったと潔白を証明しました。
今回の平昌オリンピック、ぺヒシュタイン選手の目標はオリンピック通算10個目のメダル獲得。色は何でもいい、もう一つだけメダルを獲得し、若手の実力にかなわないと納得してから舞台を降りる。そんな手はずだったといいます。
しかし、45歳で出場した女子5000mが特に彼女にとって不本意な結果に終わります。滑走直後ぺヒシュタイン選手はフラフラになってサイドに倒れ込みました。消耗が激しく過呼吸状態になり、喘息用の吸入器を口に当てる様子は、45歳の女性の身体がすでに限界を超えているのだと印象づけるシーンでした。
それでも結果は8位。世界で8番目。ドイツの選手の中ではトップの成績です。しかしぺヒシュタイン選手は記者に困惑してこう話します。
「本当に全くわからない、もし(敗因が)分かっているのなら今すぐにでも言えるのに。1」
誕生日から2日後に行われた新競技、マススタートで5000mの悔しさをぶつける2と発言しました。そして予選を勝ち抜き、決勝に進出します。高木菜那選手が初代金メダリストになって日本中が歓喜する中、ぺヒシュタイン選手は13位でした。しかしこのときのコメントは
「目標は決勝に進出することだったから、達成することができて誇りに思う。3」と何かふっきれた様子。実は2日前の誕生日会見でぺヒシュタイン選手はある決断をしていました。
「現役生活の終わりを発表します。(長い沈黙)4年後に。4」
30年間もオリンピックレベルの実力を維持し続ける途方もない選手が、日本の葛西選手だけでなく、ドイツにも存在しています。
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ではいったい何が、ぺヒシュタイン選手のモチベーションなのでしょうか?彼女は50歳まで現役続行を決意し、身体の衰退にムチを打ってまで何を達成したいのでしょうか?
葛西選手のモチベーションの原点は長野五輪の屈辱だといいます。直前の練習で怪我をしたことで外された団体メンバーが金メダルに輝いた悔しさ。それがあるからここまで続けてこられたと語っておられます。個人メダルへの執着も強く、ソチオリンピックでは念願の銀メダルを獲得しますが、それでも満足せず。「金メダル」を目標に頑張っておられます。
ではぺヒシュタイン選手は?
過去に3連覇。5つの金メダル。合計9つのメダル。すでに頂点を極めているスター選手です。今回では10個目のオリンピックメダルを目指していると言っていましたが、すでにいくつもの金メダルを持つ選手が、本当にそれだけでモチベーションが続くのでしょうか?
高齢でメダルを取ることで、まだまだ若者に負けない選手もいるのよ、という前人未到の伝説を目指しているのでしょうか?それもあるのかもしれません。
ぺヒシュタイン選手は過去にこんな発言をしたことがあります。
「普通ならわたしは、バンクーバーオリンピックの後に引退していた。5」
ベヒシュタイン選手は2009年にドーピング疑惑で2年間の出場停止処分を受け、バンクーバー五輪に出られませんでした。出ていれば葛西選手と同じように8回目のオリンピックだった、いや8回も出る前にとっくに引退していた。
2009年から彼女は一流スケーターとして突如、非常事態下におかれてしまったのです。潔白を証明するために彼女はできることを全部やって戦います。国際スケート連盟を相手取って損害賠償を起こし名誉回復を訴えます。その激しさは人々にとって時々、彼女がスポーツ選手であることを忘れるほどに映ったといいます。
しかしベヒシュタイン選手にとっては潔白の証明もスケートも同じ土俵の戦い。2年間の出場停止の後、2014年のソチオリンピックに出場できたことが彼女にとって最初の名誉回復でした。しかし2018年になった今も、自身に起きた停止処分を恨んでおり、”国際スケート連盟は私からバンクーバーオリンピックをだまし取った”という声明を出しています。
ぺヒシュタイン選手が今も現役を続ける原因の一つは間違いなくバンクーバー五輪に出られなかったこと。そして今も完全な名誉回復のために戦い続けている印象を持ちます。ドーピング疑惑で実際に出場停止処分を受けたことで、それまでの実績までもが「この選手はフェアじゃなかったのかも」と疑惑にさらされてしまうことが彼女にとって何より耐えられない屈辱だった。だから彼女はドーピング疑惑以降にどうしても、メダルが欲しい。実力をもう一度証明したい。と切実に思っているのでしょう。
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・旗手について
葛西選手は平昌オリンピックの開会式で旗手を務めました。国民からもおおいに納得の誇らしい選出だったはずです。
一方ドイツの旗手は、DOSBの推薦と、国民投票によって決まります。ぺヒシュタイン選手はDOSBからは非常に支持されており、推薦されました。出場停止処分を受けたものの実績は申し分なく、また45歳という年齢でドイツスケート界のトップに君臨できる実力の持ち主です。彼女を旗手に、という声があがってもいいはず。彼女自身も、完全な名誉回復になるといって熱望していました。しかし彼女を旗手にするには議論が絶えないといいます。
ドイツの選手団を率いる旗手になるには2つの条件があります。模範的存在であることと、統一の象徴であること。ぺヒシュタイン選手には二つ目の条件が欠けているのです。というのもドイツのスケートチームから孤立していること。自身のチームを持っていて、メンタルコーチである内縁の夫も常に同行し、またメディアを敵視した態度であることから反感を買っています。
さらに昔からしょっちゅう起こしていたチームメイトとの”しょーもないいざこざ”。平昌オリンピックで韓国のキム・パルム選手が敗因をチームメイトにせいにしたことでものすごいバッシングにさらされましたが、過去に似たようなことをぺヒシュタイン選手がチームメイトに対して行っています。その言いようは非常に直接的で子供っぽいです。しかも彼女の場合は自身の正当性を主張しています。他にも言いたい放題であり、非常に反抗的で扱いにくい存在とされているため「実力もあるが協調性がない。性格が悪い」といった印象が国民投票にも反映され、ドイツ選手団を導く存在である旗手にふさわしくないと判断されたのかもしれません。
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・年齢について
国によって出れる枠が決まっているオリンピックなどは、ピークを過ぎた選手はさっさと若手に譲って経験を積ませたほうがいいのに、と感じる人も多いでしょう。実際に葛西選手やイチロー選手にまでそう発言しちゃう元プロ野球選手とかもいます。
確かに私も過去にある選手を見て、なんでこの人こんなに落ちぶれてまで出たかったんやろかと思ったことがありました。高齢な上にビリだったりしたら思います。それも賛否両論があると思います。
私個人的には、ぺヒシュタイン選手も葛西選手も最後まで応援したい気持ちでいっぱいです。なぜならこの2人は「若手が・・」とか言えるレベルをとっくに超えてしまっている。全然中途半端じゃないし結果も出してる。そして2人とも非常に自我が強い。チームの栄光などは喜ばない。「自分が」という信念を持っている、という共通点を感じます。”誰か他の人や国のために”という協調性のある人よりも貪欲で自己中心的な人のほうが結果的に圧倒的に強いのかもしれない。だって国や他の人のために46歳になってもトップレベルで頑張れる選手はどこにもいない。ここまできたらもう超人として一体どこまでできるのか見届けたいですね。
最後に、色々な問題を抱えつつもやっぱり46歳でまだ世界のトップ選手という偉業を持つぺヒシュタイン選手。その非凡な身体能力と精神力、50歳をオリンピックで迎えるための努力とか並大抵じゃありません。50歳なんて更年期真っただ中な女性も多いはず。現役アスリートというだけでもびっくりなのに、まだオリンピックで勝てるレベルだなんて彼女がいなければ信じられなかったかもしれない。
ぺヒシュタイン選手のモットー:生きるか死ぬか。こんな究極の状態で何十年も戦ってるアスリートが尊敬に値しないと感じる人なんてどこにいるだろう?
ぺヒシュタイン選手のドキュメンタリー(ドイツ語)↓
https://www.youtube.com/watch?v=TP7a7awvvcw&t
☆☆
参考サイト
・Olympia 2018: Claudia Pechstein – Enttäuschung in Pyeongchang – SPIEGEL ONLINE
・Olympia 2018: Claudia Pechstein, Noriaki Kasai, Eric Frenzel – alle machen weiter
・Olympia 2018: Claudia Pechstein polarisiert auch vor Pyeongchang – SPIEGEL ONLINE
- “Ich weiß es absolut nicht. Wenn ich es wüsste, würde ich es Ihnen sagen.”
- ”ich wil die Wut über die 5000 Meter in Leistung ummünzen”
- “Es war mein Ziel, ins Finale zu kommen. Das habe ich erreicht. Ich bin sehr stolz darauf”
- “Ich gebe mein Karriereende bekannt”…….”In vier Jahren.”
- “Normalerweise hätte ich nach Vancouver Schluss gemacht”