ドイツの大学研究室の裏エピソード:税金を無駄にしないために
あるドイツの工科大学の研究室で起こった話です。
あるミクロ生物学の一研究室で、木箱の中で発光ダイオード(LED)を使い、きのこを栽培する実験をしようとした。しかし発光ダイオード関して知識のなかった研究員は、どの商品を買えばいいのかわからず、電気工学部の光工学(Lichttechnik)の研究室に尋ねた。”箱の中すべてを均等に照らせるLEDを買いたい”と。そして彼らが指定したものを買った。
それは日本の会社から取り寄せたもので、5mm×5mmの小さなLEDが1000粒で5000ユーロ(約65万円)だった。しかもその商品が、今回の電子レンジぐらいの小ささの木箱には明るすぎるためと、24vであること(これは私には理解できないが、非常にやりにくいらしい)により、操作が面倒で難しくなってしまったという。
その時、たまたま光工学で研究助手のバイトをしていた3年生のクリスチャンが、木箱の中に入れるLEDの組み立てを頼まれた。そしてクリスチャンが5000ユーロ出して買ったという日本製のLEDを見てあんぐり。速攻で同級生中にこの話が広がった。生物学がアホみたいに高いLED買ったぞ!誰やねん助言したやつ!なんで俺らに聞かんかったのよ!という具合に。(あんたらの学部の先輩か研究者が助言したんやけどね・・)
なぜならミクロ生物学の研究室でしたかった実験で必要な光は、ほんの20~30ユーロ程度で買えるLEDでも十分だったのである。
光工学の研究室は光そのものの研究をしているのだけど、商品に関してはてきとーに選んだか、生物学の実験の意図を理解していなかったのか誤解が生じたのか、ちょっと理解しがたい判断をしたということだ。私は、なんとなく光工学の実験で使うようなコアなLEDをこの会社から購入したことがあって、たまたま思いついただけじゃなかろうか・・とも思うけど。。。しかし見逃せないぐらい高額で無駄な買い物だったそうだ。しかし全く知識がなかった生物学の研究室はそれを信じて購入。クリスチャンが突っ込んだ際にも、「光工学の人が言ったんだし、どうせ税金だし(誰も損をしない)」と言ったらしい。
もったいないと感じたクリスチャンは、木箱にLEDを取り付ける際の部品なども彼らが勝手に高額なものを買わないように、自ら研究室に出向いて発注することにした。
私は、彼に言われて日本の会社をネットで調べてみたんだけど、かなり小さい会社なのに利益はそれなりにすごかった。きっと優れた技術を持っているんだろうと思った。
たまたま日本の会社だというので5000ユーロのLEDがどんなものか見に来ないかと誘われ私も今日、この研究室についていったのですが、そのLEDは5つの小袋に分けて入れられており、全ての袋に日本の会社名と2人の日本人の名前が漢字で、しかも手書きで書かれてありました。この小さい袋が1つ10万円以上するのね・・。価値があるのか否かは私には全く判断できないけど・・・。クリスチャンは、PCの操作もままならない生物学の研究員に代わって組立部品を選び、説明し、そのまま買わせた。生物学の研究員は完全に思考停止。ハイ、ハイと言われるがままに買っていた。
あとでクリスチャンは
「お金に対して鈍感だったね~あの研究室!きのこのためのLEDにちょっと高すぎるとか思わなかったのかね?ぽんっと出しちゃえる額なのかね?しかもあんな小さい木箱に1000粒もどないして配置すんのよ・・。素人でもわかるぞ。実験以外は思考停止してんじゃないの?あれは税金だぞ」と怒っていた。
そうだよね。20~30ユーロのLEDで十分だった実験に5000ユーロは高すぎる。
今回のような無駄遣いは、どこの国でも、どこの機関でも、また現在でも過去でも、数えきれないぐらいたくさん起こっていると思う。とくに”自分のお金じゃない”税金の使い方はもっと思考が浅くなると思う。
クリスチャンが今回もったいないと主張していたのは、一つは当然、5000ユーロのLEDがその価値に見合ったものに使われないことだ。用途にあった使い方さえされれば、同じ5000ユーロでも価値があった可能性は十分にある。それともう一つ、今回のLEDの選択は専門領域ではないということ。素人が余裕で選択できる範囲内だったのだ。
しかしミクロ生物の研究者も自分で選択できる範囲とはいえ、専門家に尋ねたことは間違っていないし、素直に信じて買った。光学の研究者も応じて紹介した。そして手に入った。結局誰も間違ったことはしていない。でも結果、めっちゃ税金の無駄遣い。なぜこんなことが起こるの?
やっぱりどんな事柄でもちょっとは考えなきゃいけない。実験以外のことはどーでもいい、と麻痺しちゃいけないと感じる。それは誰にでも言える。1000粒もこの木箱にいるだろうか?とか、イケアで売ってるあの長細いLEDでも均等に光が注ぐのではないか?とか。それらを5人もいる研究室の誰か一人でも疑問に感じなかったのか?それだけで無駄遣いが防げたのに。そこをクリスチャンは指摘しているのである。
もちろん、生物学のための発注の面倒までみたところで彼には何の利益もない。せいぜい”ありがとう”と感謝されるだけだ。それでも商品の選び方を見せることで、税金なんだぞ、大事に使え、と格上の研究者たちに向けた無言のメッセージは発せたんじゃないかな。そして分野は違うものの格下ともいえる大学3年生の助言を受け入れる生物学の素直さもこれ以上の無駄遣いを防げている。失敗からもちゃんと学んでいる。お互いにうまく作用することでいくらでも防げることがあるのだ。
私を含めたみんなが、クリスチャンのように少し税金のことを考るだけでも、もっと必要な人に税金を回せるよね。と思いなおし、私も税金を使う機会なんてなくても意識はしておこうと思うのです。
ふだんは口から生まれたとしか思えないおしゃべりクリスチャンは、無言でもコミュ力抜群だったのである。
しかし実験室や研究室がどれだけお金に無頓着で、無駄遣いしてるかって、口から生まれたクリスチャンのおかげで当分はみんなのネタになってそうだな。